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2010.03.09 Tuesday
a once-in-a-lifetime chance
先週は義家先生の講演を主催させいただきました。
教育とは何か、今後抱える問題意識を共有させていただいた機会になりました。ありがとうございます。また後日感想など記載させていただきます。
「経験」
先週のブログで、宮下智先生の講演をご紹介させていただきましたが、今回はその宮下先生のご紹介など感じたことを記載せさせていだければと思います。
宮下智先生とは、三年の付き合いに私はなります。お世話になっている健康運動士の有賀さんという方を通じてご紹介を頂いたのがきっかけです。人と人とのつながりは、みなさん日々感じていることだと思いますが、一期一会で終わっていく繋がりもあります。そんな中でも、こうやって惹かれあって(宮下先生が私に魅力を感じているかはわかりせんが(笑))今もお付き合いをさせていただいていることは、やはり通じ合うモノがあるんだと思います。
私は宮下先生の人柄を含めた「生き方」がすごく好きです。先生の生き方を少したいと思います。
地元長野市出身で、吉田高校時代に「自分のやりたいことを高校時代を思い出すと特に夢は無かったように思います。ただ何かの目標を掲げなくてはいけないという風潮があったので、漠然と大学野球がやりたいと言っていたような気がします。」と思われていたそうです。
しかし、お父さんが病気(1リットルの涙で紹介された脊髄小脳変性症)で入院されたのをきっかけに理学療法士という仕事に興味をもたれ、当時、専門学校しかなかった理学療法士養成校へ進学し、国家資格取得されたと言います。その後、リハビリテーションの専門病院で働かれていたときに、理学療法養成校の校長先生から「後輩を指導してみないか?」と誘いを受け、母校へ教員として赴任されたそうです。
その時に、教育のことなど全くわからずに先生になってしまったので、真の理学療法士を育成するのに、これではいけない。また他の分野の先生たちはどんな教育をしているのか、興味をもたれ、昼間は教団に立ちながら、夜は大学に通い教育学を学ばれたそうです。そして、徐々に教育学に興味を持ち、中学、高校、養護学校の教員免許を取得し、大学院修士課程に進学し、卒業をされました。
そのあと、東京大学医学部研究室に進まれ研究に入り、昭和大学医学部でも学ばれしていたときに、助教授として大学で勤務しないかと、二度目の「誘い」があり山形県に行かれたそうです。そこで医学博士の学位を取得され、その後は専門学校の副校長や、病院の副院長、オーストラリアの大学の特別教授、これからは大学の教授として進まれていっている先生です。
先生の経歴はすばらしいものだということはご理解いただけますが、その時々での「ターニングポイント」で「誘い」というものをきちんと成功におさめている点と、最初の高校時代に抱いた想いを実現するんだという気持ちだと思います。
人と人との出会いを無駄にされることなく今日を迎えられている先生の話を聞いていて、武者ぶるいといいますか私もやらなくてはという思いにいつもさせていただいています。
先生はカリフォルニアにもいた経験もおありで、私も一人アメリカに乗り込んでいった者として、非常に共感できるものがあり、すごく惹かれています。
講演でも出席者と「健康の大切さ」を動作を使いながらお話を頂きあきさせないものであり、その中で若者への気持ちの持ち方をきっちりとアドバイスしていただけることは、自らが経験してきていることなので、言葉に重みを感じました。
目標だけでなく、その上の目的をもって何事も進むことが大切だと言われていたことばが、色々考えさせられました。一歩踏み出す気持ちの大切さ、それは例え寄り道になってもかまない勇気、それがきちんと経験となり自らの人生形成に繋がるというアドバイスを忘れずに私も進んでいかなくてはならないと思いました。
引き続き、様々なところで私も宮下先生の講演など含めた交流をご提案させていただきたいと思っておりますので、みなさんもその折にはぜひとも、ご参加ください。何かを変えるきっかけになるかもしれません。
そんな宮下先生のご紹介と、感想として今回のブログとさせていただきます。
若狹 清史
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2010.03.01 Monday
festival
先日、私が理事長をさせていただいてるNPOで講演会を主催しました。医学博士の宮下智先生に第一回目としてご講演をしていただきました。詳細は後日、ブログにて記載させていただければと思いますが、「目的のための目標を立てていく」という言葉があり、私の中で大変惹かれました。一歩踏み出す勇気、それは向かうことも、寄り道することも一歩だと思いました。こういった経験が出会いを生み人を強くさせていくのかなと感じた講演でした。本当にありがとうございました。
次回は3月7日にサンルートにて二回目の講演会を主催します。ご興味のある方はぜひご参加ください。
二回目 3月7日 10:30〜 ホテルサンルート長野
講師:義家 弘介 先生
「オリンピックの裏で」
昨日、バンクーバーオリンピックが閉会を迎えました。今回の五輪での日本選手団の評価や結果は連日メディアをにぎわせているとおりです。相変わらず、メディアはスポンサーに付いている競技のみを集中的に演出し報道し、メダルの期待をかけ、結果的にとれなかった時のフォローは、伝える側(自分自身)にしかしていない傾向にあります。
このオリンピック・・・世界中の国々があつまってスポーツを行います。祭典ともいわれています。その中で国をあげて勝負を競いあい、喜怒哀楽をもたらしています。
一見、平和の祭典であり、世界中が注目しているかのように見えますが、その裏で米軍によるアフガニスタン掃討が始まっている事実を忘れてはいけません。北京オリンピックの際は、ロシアーグルジアが開戦を始めた歴史があります。
オリンピック=平和の祭典という表の面を世界中が注目することで、その裏にある現実がどこか置き去りにされています。まして、この報道は日本ではほとんどといっていいほど報じられていません。
専門チャンネルは別として、一般的視聴者がみる報道では見る機会はなかったと記憶します。
また、日本のメディアは、相変わらずメダル期待のオンパレードのスタイルをしています。国家を背負って旅立つ選手たちにどれだけの、愛国心があるのかを問うことはせず、ただ結果だけ残せばいいという報道では問題であり、かといって、服装の乱れた選手が現れればここぞとばかりに、日本の文化を重んじ、面白おかしく報道する。このスタイルを続けていても、選手育成にうまく繋がるとは思えない私がいます。その場だけ、オリンピックの時だけ、メディアが報道する時だけ、注目するようなスポーツであってはならないと思います。
そして、米軍によるアフガニスタンでのタリバン掃討作戦が開始されたことですが、オリンピックの熱狂報道の中に、紛争の存在はいつしか忘れ去られていきました。
平和の祭典の意義は、多くの国が1つの都市に終結し、同じスポーツでその優劣を競いあいながらも、人間として国家間を超えた交流の意味があるはずです。
アテネオリンピックでは38度線を挟んでいがみ合ってきた韓国と北朝鮮が合同で行進した事実がありました。北京オリンピックでは当日に紛争が勃発したロシアとグルジアの選手が抱きあう光景が見られました。あの時は、対国ではなく、一個人として平和をアピールしたのだと思います。
きちんとしたルールの下に、各国がフェアに競い合う光景は、平和的です。
しかし現実では、オリンピックを隠れ蓑として、その裏で国際社会に悪印象を植え付けないようにして、戦争をしようとしている人たちが存在するように思えてなりません。
また、オリンピック自体、その時だけ「ナショナリズムを喚起してしまっている」という事実も見逃してはいけません。
うがった見方をすれば、オリンピックも平和の祭典で争いごとをしているわけです。本来ある「平和」とは目指さなければならない理想像であり、「平和」にしなければ、と祈れば叶うことでもありません。
これをきちんと伝えていかなくてはならないのが、メディアの存在だと私は思います。オリンピックでメディアが盛り上がるのは仕方ないかも知れません。広告収入のために、企業スポンサーがついた選手ばかりを大々的に応援するのも仕方ない現状なのでしょう。しかし、メディア自身がオリンピックの陰に戦争を隠してしまうのであれば、果たしてメディアがメディアであるべき価値はあるのかと思います。
そういったことを考えながら、閉会式をみて感じたことでした。
若狹 清史
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2010.02.22 Monday
A large company
先日、小学生と英語の交流を持たせえもらう機会がありました。
英語は文法も大切ですし、表現方法を大事ですが、私は、まずは「フレーズ」だけを覚えて自然に日頃何も脳内で考えなくてもでてくる「hello」のように使える英語で会話をしていければと思っています。国際社会に入るこれから、そんな期待を抱きながら交流させていだき、楽しいひと時でした。
「対外国企業」
最近、米国の友人と話をしていたときに、昨今問題になっているトヨタの話題になりました。未だに米国では「トヨタ車」不祥事の問題を政治的に大きく取り上げ、袋叩きかのように報道、調査しているとのことでした。
もちろん、人命にかかわる問題でもありますので、適正補正など早い対応が求められますが、米国政府が過激発言をするなど、何か政治的なたくらみがあるのかとすら、疑いたくなく動きにも見えます。
もともと、今回の一連の騒ぎは、昨年夏にカリフォルニア州で起きた事件が発端です。トヨタ「レクサスES350」の高級車の事故からになります。運転者が警察に車内から「ブレーキが利かない、アクセルが動かない」という通報でした。指令室通信係とのやり取りをしながら、通信は切れ、そのまま交差点内に突っ込み他車と衝突し、4人が亡くなった事件です。
友人いわく「メディアは、連日やり取りを報道し、コメンテーターからの批判、トヨタ車の不備が原因、トヨタへの政治介入を促す報道が行われた。」といっていました。これから、現在まで毎日のようにトヨタ批判へとはいっているそうです。
しかし、現実はこの事故の原因が特定されていないそうです。米国メディアはそろって通報時の「アクセルが動かない」という言葉だけを信じ、フロアマットがアクセルペダルに引っ掛かりペダルが戻らないと見解をしめし、報道しているそうです。
実際、トヨタは昨年末に米国とカナダでフロアマットのリコールを行いました。 これを皮切りに、トヨタは社会的立場を考慮し、アクセルペダル関連、ブレーキ関連、ドライブシャフト関連とマット関連の4つでリコールを行います。
この報道から来るトヨタの対応した行動が、米国社会に大きなトヨタへの不信感へとなっていったのは間違いありません。同時にリコールの対象車の台数は世界で1千万台を超える規模です。これは、09年度の予想生産台数の726万台を圧倒的に上回る台数です。
そして、今月には米国で交通局を仕切る、米道路交通安全局(NHTSA)がトヨタ車の「カローラ」の電動パワーステアリング装置について正式調査を検討するとここにきて、報じています。
私の見解の前に、今回トヨタが人命に関わる機能箇所で消費者に対し、被害をだし、不安を抱かせた点の責任は多大にあると思います。
そんな中で、国際企業をうけいれている米国の対応に対し、問題点も出てきます。今回の過剰とも思えるトヨタ批判キャンペーンの背後、何かがあるということです。
まず、政府機関のNHTSAが当初トヨタとの協議をして、米国法にのっとって行った「セーフティリコール」で、「車両の欠陥に基づかない自主改善措置」という対応でした。この「セーフティリコール」とは、「車両の欠陥」ではないということになり、それを米国法にのっとって報告書をまとめて対応をしてました。
しかし、昨年暮れにトヨタその内容を報道各社に報告したところ、NHTSAの態度が急変し、一転して、「アクセルペダルと床の設計にかかわる極めて重大な欠陥」などと「反論」を始めました。
これには、NHTSAが連日メディアがトヨタ批判をしている中で、国民感情の逆をいって国民から日本びいきの報告書をまとめたと認識されるのが怖かったんだと思います。
その裏には、オバマ政権の支持率低下を危惧している感が否めません。
そして、NHTSAは昨年末に、担当官を日本に派遣し、トヨタの技術や品質保証の担当者につめより、米国民を信頼を得るかのように追い打ちをかけました。
もちろん、リコールを届け出た後の話ではあるが、NHTSAとトヨタの温度差は明らかで、話し合いがまとまるわけがありません。
私なりきに考え、意見を聞き、考えるところ、結局は政治利用なのかなと思います。
オバマ大統領の支持率は就任時には70%近くありましたが、アクセルペダル問題の時期には40%台にまで落ち込みを見せていました。今回の事件を利用し、トヨタをたたき切ることで、国民の信頼を得るという点です。
米国は昨年に国として、金融補助をし救済したゼネラル・モーターズ(GM)がありますが、今回のトヨタ事件を機にGMは前年同月比で新車販売台数が23.1%も増えています。同じくトヨタは8.7%減と発表をしました。
これにはGMの業績が上向いて再上場が早まれば、政府として税金をつぎ込んだのは正解でオバマの感覚は間違いではなかったと説明できます。
また日本がリードしているハイブリット車や電池技術などで遅れをとっている米国では今回の機で逆転を狙い、国際的信頼を得るチャンスにしようとしているかもしれません。オバマ政権の目玉に、温暖化対策の「グリーン・ニューディール」政策があるからです。
そして、もう一つに、今年暮れに行わる中間選挙への勝利だとみています。友人も米国ではこういったケースは頻繁に行われるケースがある。といっていましたが、与党である民主党が1月、マサチューセッツ州の連邦上院議員の補欠選挙で敗北したこともあって、今回の事件で支持率をあげて、信頼をえる機会とみているはずです。ということです。
基本的に、米民主党でも支持基盤は基本的に労働組合です。全米自動車労組などは大支援企業です。
2月24日から開かれる米議会の公聴会で、豊田社長は米国に行き現地社員などに説明すると報道されているようですが、要請があれば議会にも出向くことにもなります。
公聴会でのやり取り次第では、日本経済、日本企業の経営法の問題視ということで、報道各社が報じ、日本という国に対しての信頼する損なう可能性があるので、非常に危惧しています。日本ではあまり具体的報道をしていませんが、米国では今、こういった現状で報道や調査がなされているのをみて、我々も外交に対する考えを、フラットにしていかなくてはならない時期にもあるのかなと思います。
オバマ政権は鳩山総理とのやりとりから対日本にたいして、どういった感覚をもったのかわかりませんが、外国企業を利用して自らの政権維持を考えるならば、世界経済に対して大きな打撃だということを考えてほしいなと感じました。
トヨタには日本政府として毅然たるアドバイザーとして補佐をして、政争に使われないような対応をしていただきたいと思います。
若狹 清史
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2010.02.17 Wednesday
pension
更新が遅くなり申し訳ありません。
東京と長野を行き来していて、地域の境界線はどこなのかなと感じました。
人の活き方、スピード、文化の違いが何処でうまれてくるのか・・・そんな目線で生まれてくるものもあるのかなと思います。
「議員年金」
先日、年金についてのお話を市民の方としました。色々皆さん、専門家ではでてこないような、斬新な見方があり、ご意見などは大切だなと改めて感じたところであります。
そんな中で、あまり知られていないのが、議員年金制度のことです。市議会においての議員年金制度の問題が今取り沙汰されています。
すでに財政破綻目の前にして制度運用をどうしていくのか?という議論が今進んでいます。
「廃止」を唱える人と、今受給資格がある人にはして、今後はしないという方向を唱える人もいますし、公的負担をして従来どおりしていくという人もいます。最後の論議は現時代からすると、感覚が離れているかもしれませんが・・・。
しかし、現実問題として「廃止」をすることが本当にいいのかということです。他に仕事をもって議員をされている方々はそれでいいかもしれませんが、長期議員を務めれば務めるほど、引退後も活動は多く、様々な出費はでてくるわけです。その時に私欲の為に使うわけでないのに、廃止となると・・・。これでは、議員になり社会構築をきちんとしていきたいという人が生まれにくいかもしれません。
またもっと違った視点からみると、議員が多すぎるということにもいえるかもしれません。地域の代表も大事ですが、政策をつくれる議員を少数精鋭にし、事務所スタッフを増やすという海外式の導入の時期にきているのかもしれません。
ちなみに、市町村合併による影響としては、市区町村議員数が大幅に減少する一方、受給者数が増加したことを受けて以下になっています。
<平成10年度末> <平成20年度末>
市町村数 3,255市区町村 → 1,800市区町村
議員 数 約6万人 → 約3万5千人
受給者数 約7万9千人 → 約9万3千人
収入 約504億円 → 約537億円
支出 約518億円 → 約659億円
年度末積立金 約1,913億円 → 約389億円
同時に、地方公共団体の財政負担は毎年約1,000億円軽減されているそうです。
こういった実情があるにしても、今後は地方議員年金制度は廃止の方向に向かうのかと予想していますが、様々な視点から議論されるべきではありますし、議員活動の現状を市民の皆さんにご理解いただくことも大切に思います。
ただ、地方議員の年金問題を議論をするのが、地方議員ではなく国会議員というところに改善性がまずありそうですね。
そんな事を話し合った、一時でした。みなさんはいかがお考えですか?
若狹 清史
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